SS

郷土学サークル一限め 節分

2014/02/03 20:53

 

鬼は外 福は内

パラッパラッパラッパラッ
豆の音
鬼はこっそり逃げていく

 


三石陣は郷土学サークルの部室の前で唖然とした。

(これは…さすがにやりすぎでは…)

茫然自失で見つめる先にはイワシの頭があった。
当然のように柊の葉が刺さっている。
(生臭い…)

節分で厄払いで飾られるのは知っているが、こんな生臭いものが教室の扉に括り付けてあると、さすがに何とも言えない気持ちになる。

「……」

陣は難しい顔をして、黒く艶やかな前髪を触ると諦めて溜め息をついた。
いつもの扉を開ければ、今日は非日常が待っているに違いないのだ。

…そう。
無数の豆が自分をめがけて飛んでくる日だ…。

(…仕方ない人だな、ホント)

こういうイベントをうちの部長が楽しまないはずがない。
それが日本文化や風習であれば尚更だ。

「ちぃーす…」

ようやく決心し、扉を開ける。
…もちろん、豆に備えて俯きがちに。

「ジンジン!覚悟ぉぉ!!!」

机の影から切り込み隊長の双葉が飛び出す。
茶色のツインテールが揺れる。
大きな緑色の瞳を楽しそうに歪めながら、右手にひっつかんだ豆を力一杯投げつけてきた。

「あっぶな!」

陣はカバンで頭を守り、双葉の撒いた豆は呆気なくカバンにガードされ床に落ちた。

「ななっ!!こしゃくなぁー!!」

「ふっ!双葉さんが考えそうな事は分かってるんです!第一、なんで俺が鬼役なんですか!!」

声高らかに言い放てば、背後に人の気配。
同時にポヨンと背中に柔らかな感触。
江蓮だ。

「三石に似合うからだよ!」

「うげ!江蓮このやろ!!」

江蓮は背後から鬼の面を被せられ、怒鳴る陣。
陣の攻撃を華麗に避ける江蓮の胸とポニーテールが揺れる。

「双葉ばっかり見てるからこうなんだよ!」

勝ち気に涼しい顔で笑う江蓮は、身軽に女性ファンも男性ファンも多い。
女子だけのファンクラブも存在するらしいから驚きだ。
確かに立ち振る舞いもスマートでスポーツも楽器もそつなくこなす姿は、男の陣から見ても格好いい。

「そうだよぉ。鬼さんの敵はふぅちゃんだけじゃないんだからぁ」

ローテンポの喋りで気配もなく背後に立つみるくは、袋に入った大量の豆を陣の制服の背中に流し込んだ。

「ぬわあああ!!!」

「はい、鬼は外ぉ」

悪意なく品良く笑うみるくは学園のお姫様だ。
白い柔らかそうな肌に、ふわふわの金髪が良く似合っている。

「なんでお前らは背後に回るんだぁ!!?」

赤鬼の面を付けたまま、豆まみれで地団駄を踏むと、「じゃあ正面から…」と無表情で若葉が近付いてきた。
…手ぶらで豆を持っていない。
ゆっくり陣の顔を見つめながら寄られ、謎の緊張が走る。
不意に若葉が目の前で止まった。

「福は…内…」

ぼそりと呟き、隠し持っていた一粒の豆を、陣の右目に押し付けた。

「ぎゃああああ!!!?」

目に豆を食らった陣が、床に転がる。

「よっしゃ!若葉よくやった!」

「鬼退治!」

「やったねぇ!」

口々に歓声が上がり、若葉は無言と無表情でガッツポーズを決めた。

「な、なんで目を狙ったんだ若葉!?」

「…お面に穴…開いてた、から」

「ドSか!?」

 


鬼退治が終われば、みんなで机を囲んで豆をつつく。

「…鳩になった気分」

食べるの大好き江蓮が不満を口にする。
恐らく彼女が好むには色々と足りないのだらう。
そんな江蓮に双葉はデレデレだ。

「鳩になった江蓮ちゃん…飼いたい」
「ふうちゃん…涎出てるよぉ?」

気持ち悪い双葉の言動にすっかり慣れている江蓮は双葉をスルーし、つまらなそうに豆を摘んで見た。

「なんで炒り豆ばっかなのかね」

確かに。
節分にゆで豆や煮豆はない。
それがあれば、まだ江蓮も満足だろうが…。
若葉が江蓮の疑問に首を傾げた。

「撒かなきゃ…だから?」

「若葉、半分正解!」

疑問に回答。
そして答え合わせ。
このセットがサークルで決まった流れだ。
サークル部長の双葉が、指先で炒り豆を転がしながら話す。

「撒いた豆をそのまま食べるから、地方によっては落花生を使う場所もあるんだ。ちなみ炒り豆じゃなきゃいけない理由はもうひとつある!」

転がしてた豆を口に放り投げ、双葉が指を立てる。

「炒り豆は芽が出ないから」

「芽?」

若葉と江蓮が頭にハテナを浮かべる。

「元々、豆撒きは“魔”を“滅する”で魔滅。つまり豆なの。これから芽が出たら“魔”から“芽”ですごく縁起が悪い」

「へぇぇ」

みるくが感心したように頷く。

「ちなみに節分は“季節”を“分ける”って意味だから、本来は春夏秋冬の4回あるの。で、いつの頃からか、春が一年の最初で最も大切だからって事で2月3日だけになったの」

「ふぅちゃん、おばあちゃんみたい!!」

「…双葉ばぁ」

「コノヤロ」

みるくと若葉がくすくす笑う。
実際、双葉の年齢は妹である若葉しか知らない。
相当の年上らしいが、ここを潜在するのはタブーとなっている。
双葉は年齢不詳の丸顔でギッとふたりを睨むと、話題を戻した。

「だから節分の翌日は?」

「あ!立春!!」

「江蓮ちゃん、正解」

節分は一年の無病息災を祈って、歳の数食べると言えば、双葉の豆の数に全員が注目した事は言うまでもない。

これにて
郷土学サークル一限め終了

バレンタイン

2014/02/14 21:20

甘さたっぷりのホワイトチョコ
ちょっぴり苦いビターチョコ
甘酸っぱいイチゴチョコ
大人の香りウィスキーボンボン

どんなチョコがお好み?

2月14日
それは誰もがときめく魔法の日。

女の子が大好きな人にチョコレートをあげる日。

 

【13日 江蓮】

スーパーへ夕飯の材料を買いに行くと、宇佐森商店街はいつもと違う賑わいを見せていた。

可愛いラッピングが施されたチョコレートが立ち並ぶ小さな露店に、頬を染めた女の子が群がっている。

(あぁ、バレンタインデーか)

まるで人事のように遠巻きに眺める。
毎年、大量にチョコレートをファンの女の子達から貰う真城江蓮にとって、バレンタインはあげる日ではないのだ。
ましてや告白だなんて考えた事がない。

それに告白する気があるなら、こんなギリギリに用意しなきゃいいのに。

それが江蓮の考えだ。

(告白ねぇ…)

集団告白なんて趣味が悪いと思いつつも、そんな風に便乗しなければ告白出来そうにない性格の人間もいる事は理解している。

告白を意識すると、江蓮の脳裏に三石陣が浮かんだ。

同じサークルの仲間である。

(いや…いやいや、三石はないわぁ)

真っ赤な顔で首を振りながら、江蓮は露店へぎこちなく近寄った。

(ぎ…義理チョコくらいあげるべきかな?一応、礼儀として)

胸をときめかせる女の子達に並んでチョコを眺める。
興味ないふりをしてもドキドキしてしまうのは、隣にいる知らない女の子達のドキドキが感染したのかも知れない。
まるで恋をしているような心地よさに江蓮は思わず瞳を細めた。

「あれ?江蓮ちゃん?」

「!!!!!?」

突然、知っている声に名前を呼ばれ、江蓮は慌てて持っていたチョコを投げた。
宙を舞い、再び群集に戻る江蓮のチョコ。
江蓮は耳まで染めて、ギギギギギと機械音がしそうな程ぎこちなく振り向いた。

「ふ、双葉…」

後にいたのは、サークル部長の双葉だ。
双葉は江蓮に会えたのが嬉しいのか、にやにやと頬を歪めている。
小さな身長と、ツインテールのせいで幼く見えるが、サークル内ではダントツで最年長だ。

「江蓮ちゃんもバレンタインのお買い物?」

双葉に甘ったるい声で言われ、江蓮はさらに真っ赤になった。

「わっ、わわっ!私はおとっ弟にあげようと!!」

どもりながらも言い訳をする。

「弟にだし、適当でいいよな!うん!!よし!これにしよう!ははは!!」

パニックになりながら、適当なチョコを手にとってしまった。
ふと、見た双葉の籠には固形のチョコレートとベーキングパウダー、バターが入っていた。

「双葉は手作り?」

「!!」

ボンと音を立てて双葉が赤面する。

「なななな!!何を言うんですか江蓮ちゃん!!私の本命わ江蓮ちゃんですよ!」

「え?私にくれんの?手作り?」

「手作りなんてそんな!」

パニック状態の双葉が首をガンガン振る。
目を回しながら笑っている様子は明らかに可笑しい。

「でも、固形チョコ」

「こ、これはかじるんです!あはは~また明日ぁ」

双葉はよろよろと笑いながらレジに向かった。

「あ、私も買うよ」

ひとりでレジに並ぶ勇気のない江蓮は双葉に便乗しようと後を追った。


家に着いた江蓮は自分が買ったチョコを見て唖然とした。
「ラブ」と書いたハート形のチョコ。
見るからに安物。

確かに双葉の出現により選べなかったが…さすがにこれは

「ダサ」

 


【13日 みるく】

「お嬢様!お願いですのでお止め下さい!」

「んもーっ離してよ、フレイ!」

バレンタイン前日。
渚みるく家のキッチンは軽い騒動が
起きていた。
金色のふわふわの髪を束ねエプロン姿のみるくの隣で、執事であるフレイがそわそわとしている。

「どうぞ包丁を置いて、シェフにすべてお任せ下さい」

「チョコレート刻むくらい、私にも出来るよぉ。みる、家庭科で包丁くらい持たされてるもん」

「ではせめて刻むだけに…揚げるのは危険です」

「フレイうるさいぃ。自分で作らないと意味がないのぉ」

珍しくぷりぷりと頬を膨らましながら、みるくがフレイを睨む。
ゆったりした喋り方とは裏腹に、みるくは慣れた手つきで作業を進めていく。
初めてうるさいと言われたフレイはショックを隠しきれず、遠巻きにみるくを眺めた。

「フレイにもあげるから、いい子にしててねぇ」

【13日 若葉】

森咲若葉はキッチンでうなだれる姉を見つけた。

(双葉…毎年こう…)

若葉の姉である双葉は、自分の事…とかく恋愛が絡むと突然ネガティブが全開になる。
テーブルに突っ伏し、ボソボソ独り言を言っている。
こうなっている双葉には、近付かない方がいい。

(…明日だもんなぁ…)

ちらとキッチンを見る。
今日は使えそうにない。

(私も陣先輩に用意したいのに…)

ふぅ、と息をつく。

 

【13日 双葉】

森咲双葉は悩んでいた。


会いに行くか行かないか。
作るか作らないか。
渡すか渡さないか。
告白するかしないか。

悩んだ挙げ句、電話をかける。
何度かコールした後、みるくが電話に出た。

「みる?」

「ふぅちゃん、こんばんはぁ」

品のある笑い方に癒される。

「あ、あのさ!みる!どうしたらいい?」

「あげたらいいと思うよぉ?」

主語も述語もない質問にみるくが正当な回答をする。
このタイミングで双葉に言われればバレンタインの話だろうと、サークルメンバーなら理解出来る。

「で、でも会う約束とかしてないし…気持ち悪いって思われたら私は泣く!」

「思わないよぉ?それに約束しなくても、明日のサークルで会えるから、いつもと変わらないよぉ?」

さらなる“主語なし”にも対応。
さすがである。

「て…手作りは本気っぽくて引く?」

「私も今年は手作りだよぉ」

「そっか…じゃ…じゃあ大丈夫かな?」

「大丈夫」

「ありがと!」

みるくに励まされ、ようやく双葉は作業を開始した。

 


【14日 朝】

バレンタインデー当日。
まさかの雪。

それも昨晩から降り続けてる影響で、かなり積もってしまっている。

「ホワイトバレンタイン…」

いつもより早く学校についたみるくは花が咲いたように笑う。

「いい事ありますようにぃ」

チョコレートにチュッとキスをすると、甘い香りがみるくの鼻をくすぐった。
部室でヒーターをつけて待っていると、10分もせずに部室の扉が開いた。

「さっむ!」

「おはよぅ、陣くん」

陣を見たみるくは自然と笑顔になった。

「ごめんね、朝早くに呼び出しちゃって」

すまなそうに微笑みながら、みるくは陣にチョコレートを差し出した。

「陣くん、モテそうだから…一番にあげたくて」

「こっこれは!!?」

ピンクのハートのラッピング袋に包まれた、チョコレートドーナツにはアラザンや粉砂糖が可愛く飾られている。
恥ずかしそうに頬を染めて、みるくが微笑む。

「大好きな陣くんに、みるからバレンタインチョコレートだよぉ」

「ありがとう…」

(うわぁぁぁ!!みるく!!!)

あまりの感動に陣は真っ赤になりながら、俯いた。
抱きしめたい衝動を必死に耐える。
義理でも、学園のお姫様からチョコを貰えた事は素晴らしすぎると、陣は同じサークルである事に感謝した。

 

【昼休憩】

雪は止んだとは言え、外は寒い。
屋上に呼び出された陣は白い息を吐きながら空を見上げた。

まだ白い雲で覆われている。

これはまだ降りそうだな。

携帯を取り出し、江蓮からのメールを見直す。

みるくに引き続き、部員からの呼び出し。

それも人気のない雪の屋上。

積もっている雪を足でよける。

「…」

思わず手で雪をすくい丸める。
これに耳をつければ雪兎なのだが、あいにく屋上には木の葉はない。

残念。

冷たくなった手を息を吹きかけ温めていると、小さな笑い声が聞こえた。

「なに子供っぽい事してんの?」

「江蓮…」

「オラッ」

「うおっ!?」

突然、小さな箱を投げつけられ、何とかキャッチする陣。

「江蓮これ」

「バレンタインチョコレート」

江蓮は真っ赤になりながら怒った顔で視線を反らした。
見るとチョコレートには“ラブ”と書いてある。

「かっ勘違いするなよ!それ、ラブってなってるだけだから!!」

「お、おう…」

真っ赤な江蓮につられて、陣まで赤くなる。

「お、お返しとかいらないから!ほら、騒がれたら嫌だし!」

「……確かにな」

陣は箱からチョコレートを取り出すと、ハートを真っ二つに割った。

「!!?」

江蓮は驚いた顔をして、悲しそうに俯いた。
(…せっかくハートだったのに)

泣きそうになっていると、江蓮の視界にチョコレートが差し出された。

「え?いらないの?」

「お返し」

「お返し…?」

「騒がれそうだからな、お前の人気だと…俺の気持ちだから、ちゃんと食えよ?」

江蓮はこくこくと夢中で頷くと、ハートの片割れをたいらげた。
             

【部活後】

いつも通りにサークルが終わると、双葉は用事があると走って部室を出て行ってしまった。

いつもウダウダしているのに珍しい。
自分も帰ろうと荷物をまとめていると、机にコトンと茶色い紙袋が置かれた。

「お?」

「バレンタイン…チョコ…先輩に、あげる」

少し潤んだ目で若葉に見つめられ、陣は紙袋を開いた。
中には、トリュフが入ったピンク色の袋が入っている。

「わ、たしも…先輩の事、好き、だから」

「おう、サンキュー」

陣は若葉の頭をくしゃくしゃと撫でる。
若葉は眉間に皺をよせ、少し迷惑そうだ。

「…痛い」

「おお!ごめん!」

若葉から手を離すと、若葉は珍しくふわりと笑った。

「先輩、そのままで、いてね」

「?」

「ずっと…みんなで、いたいから」

「おう?」

良く分からないまま了承すると、若葉は楽しそうにコロコロと笑った。

「ホントは作りたかったんだけど…双葉がキッチン占領してて……あ、先輩…ひとつ、お願い…あるの」

若葉は遠慮がちに陣を見上げた。

 

【その後】

(なんでこうなんだろ、私って)

雪道をふらふらと歩きながら、双葉は渡し損ねたチョコレートの袋をくるくると回した。

自己嫌悪だ。

(…もとはと言えば、じんじんがあんな事言うから…)

『じんじん、モテなそうだから私がチョコレートあげようかー?余りものだけどー』

『…ほーう?仕方ないですね、そんなに渡したいなら貰ってあげてもいいですよ?』

『は!?自意識過剰なんじゃないの、じんじんのチョコなんてないし!』


部活中に、売り言葉に買い言葉でケンカになってしまった。

あんな会話の後に渡せるはずがない。

「あー…もう…バカ」

双葉は大きく溜め息をつくと、チョコレートを雪の中に投げた。

「私のバカ…せっかくのバレンタインなのに…バカバカ」

泣きそうな顔で双葉は雪の上に寝転がった。
夜空が視界に広がる。
月がきれいだ。

(…綺麗…わー…)

月に届きたくて伸ばした手を握られ、双葉は飛び起きた。

「じ、んじん!?」

「アホなんですか、双葉さん…雪に寝るなんて…手ぇ、冷た」

「あ…」

「これ、俺にですよね?」

陣の手にはさっき捨てたはずのチョコレートの袋。

「あ…」

双葉の顔が歪む。
泣きそうに真っ赤だ。

「あ…ごめんなさい」

「はいはい」

陣は泣き出してしまった双葉の頭を撫でると、手を引っ張って雪から起ち上がらせた。

「家まで送ります」

「ありがとう…」

「手ぇ、冷たいので握っててあげますよ」

「……」

月に照らされた白銀の道に、ふたつの足跡が刻まれる。

陣はホワイトデーに誰に何を返そうか考えながら、幸せな気持ちに浸った。

 

ハッピーバレンタイン☆

SS

郷土学サークル一限め 節分

2014/02/03 20:53

 

鬼は外 福は内

パラッパラッパラッパラッ
豆の音
鬼はこっそり逃げていく

 


三石陣は郷土学サークルの部室の前で唖然とした。

(これは…さすがにやりすぎでは…)

茫然自失で見つめる先にはイワシの頭があった。
当然のように柊の葉が刺さっている。
(生臭い…)

節分で厄払いで飾られるのは知っているが、こんな生臭いものが教室の扉に括り付けてあると、さすがに何とも言えない気持ちになる。

「……」

陣は難しい顔をして、黒く艶やかな前髪を触ると諦めて溜め息をついた。
いつもの扉を開ければ、今日は非日常が待っているに違いないのだ。

…そう。
無数の豆が自分をめがけて飛んでくる日だ…。

(…仕方ない人だな、ホント)

こういうイベントをうちの部長が楽しまないはずがない。
それが日本文化や風習であれば尚更だ。

「ちぃーす…」

ようやく決心し、扉を開ける。
…もちろん、豆に備えて俯きがちに。

「ジンジン!覚悟ぉぉ!!!」

机の影から切り込み隊長の双葉が飛び出す。
茶色のツインテールが揺れる。
大きな緑色の瞳を楽しそうに歪めながら、右手にひっつかんだ豆を力一杯投げつけてきた。

「あっぶな!」

陣はカバンで頭を守り、双葉の撒いた豆は呆気なくカバンにガードされ床に落ちた。

「ななっ!!こしゃくなぁー!!」

「ふっ!双葉さんが考えそうな事は分かってるんです!第一、なんで俺が鬼役なんですか!!」

声高らかに言い放てば、背後に人の気配。
同時にポヨンと背中に柔らかな感触。
江蓮だ。

「三石に似合うからだよ!」

「うげ!江蓮このやろ!!」

江蓮は背後から鬼の面を被せられ、怒鳴る陣。
陣の攻撃を華麗に避ける江蓮の胸とポニーテールが揺れる。

「双葉ばっかり見てるからこうなんだよ!」

勝ち気に涼しい顔で笑う江蓮は、身軽に女性ファンも男性ファンも多い。
女子だけのファンクラブも存在するらしいから驚きだ。
確かに立ち振る舞いもスマートでスポーツも楽器もそつなくこなす姿は、男の陣から見ても格好いい。

「そうだよぉ。鬼さんの敵はふぅちゃんだけじゃないんだからぁ」

ローテンポの喋りで気配もなく背後に立つみるくは、袋に入った大量の豆を陣の制服の背中に流し込んだ。

「ぬわあああ!!!」

「はい、鬼は外ぉ」

悪意なく品良く笑うみるくは学園のお姫様だ。
白い柔らかそうな肌に、ふわふわの金髪が良く似合っている。

「なんでお前らは背後に回るんだぁ!!?」

赤鬼の面を付けたまま、豆まみれで地団駄を踏むと、「じゃあ正面から…」と無表情で若葉が近付いてきた。
…手ぶらで豆を持っていない。
ゆっくり陣の顔を見つめながら寄られ、謎の緊張が走る。
不意に若葉が目の前で止まった。

「福は…内…」

ぼそりと呟き、隠し持っていた一粒の豆を、陣の右目に押し付けた。

「ぎゃああああ!!!?」

目に豆を食らった陣が、床に転がる。

「よっしゃ!若葉よくやった!」

「鬼退治!」

「やったねぇ!」

口々に歓声が上がり、若葉は無言と無表情でガッツポーズを決めた。

「な、なんで目を狙ったんだ若葉!?」

「…お面に穴…開いてた、から」

「ドSか!?」

 


鬼退治が終われば、みんなで机を囲んで豆をつつく。

「…鳩になった気分」

食べるの大好き江蓮が不満を口にする。
恐らく彼女が好むには色々と足りないのだらう。
そんな江蓮に双葉はデレデレだ。

「鳩になった江蓮ちゃん…飼いたい」
「ふうちゃん…涎出てるよぉ?」

気持ち悪い双葉の言動にすっかり慣れている江蓮は双葉をスルーし、つまらなそうに豆を摘んで見た。

「なんで炒り豆ばっかなのかね」

確かに。
節分にゆで豆や煮豆はない。
それがあれば、まだ江蓮も満足だろうが…。
若葉が江蓮の疑問に首を傾げた。

「撒かなきゃ…だから?」

「若葉、半分正解!」

疑問に回答。
そして答え合わせ。
このセットがサークルで決まった流れだ。
サークル部長の双葉が、指先で炒り豆を転がしながら話す。

「撒いた豆をそのまま食べるから、地方によっては落花生を使う場所もあるんだ。ちなみ炒り豆じゃなきゃいけない理由はもうひとつある!」

転がしてた豆を口に放り投げ、双葉が指を立てる。

「炒り豆は芽が出ないから」

「芽?」

若葉と江蓮が頭にハテナを浮かべる。

「元々、豆撒きは“魔”を“滅する”で魔滅。つまり豆なの。これから芽が出たら“魔”から“芽”ですごく縁起が悪い」

「へぇぇ」

みるくが感心したように頷く。

「ちなみに節分は“季節”を“分ける”って意味だから、本来は春夏秋冬の4回あるの。で、いつの頃からか、春が一年の最初で最も大切だからって事で2月3日だけになったの」

「ふぅちゃん、おばあちゃんみたい!!」

「…双葉ばぁ」

「コノヤロ」

みるくと若葉がくすくす笑う。
実際、双葉の年齢は妹である若葉しか知らない。
相当の年上らしいが、ここを潜在するのはタブーとなっている。
双葉は年齢不詳の丸顔でギッとふたりを睨むと、話題を戻した。

「だから節分の翌日は?」

「あ!立春!!」

「江蓮ちゃん、正解」

節分は一年の無病息災を祈って、歳の数食べると言えば、双葉の豆の数に全員が注目した事は言うまでもない。

これにて
郷土学サークル一限め終了

バレンタイン

2014/02/14 21:20

甘さたっぷりのホワイトチョコ
ちょっぴり苦いビターチョコ
甘酸っぱいイチゴチョコ
大人の香りウィスキーボンボン

どんなチョコがお好み?

2月14日
それは誰もがときめく魔法の日。

女の子が大好きな人にチョコレートをあげる日。

 

【13日 江蓮】

スーパーへ夕飯の材料を買いに行くと、宇佐森商店街はいつもと違う賑わいを見せていた。

可愛いラッピングが施されたチョコレートが立ち並ぶ小さな露店に、頬を染めた女の子が群がっている。

(あぁ、バレンタインデーか)

まるで人事のように遠巻きに眺める。
毎年、大量にチョコレートをファンの女の子達から貰う真城江蓮にとって、バレンタインはあげる日ではないのだ。
ましてや告白だなんて考えた事がない。

それに告白する気があるなら、こんなギリギリに用意しなきゃいいのに。

それが江蓮の考えだ。

(告白ねぇ…)

集団告白なんて趣味が悪いと思いつつも、そんな風に便乗しなければ告白出来そうにない性格の人間もいる事は理解している。

告白を意識すると、江蓮の脳裏に三石陣が浮かんだ。

同じサークルの仲間である。

(いや…いやいや、三石はないわぁ)

真っ赤な顔で首を振りながら、江蓮は露店へぎこちなく近寄った。

(ぎ…義理チョコくらいあげるべきかな?一応、礼儀として)

胸をときめかせる女の子達に並んでチョコを眺める。
興味ないふりをしてもドキドキしてしまうのは、隣にいる知らない女の子達のドキドキが感染したのかも知れない。
まるで恋をしているような心地よさに江蓮は思わず瞳を細めた。

「あれ?江蓮ちゃん?」

「!!!!!?」

突然、知っている声に名前を呼ばれ、江蓮は慌てて持っていたチョコを投げた。
宙を舞い、再び群集に戻る江蓮のチョコ。
江蓮は耳まで染めて、ギギギギギと機械音がしそうな程ぎこちなく振り向いた。

「ふ、双葉…」

後にいたのは、サークル部長の双葉だ。
双葉は江蓮に会えたのが嬉しいのか、にやにやと頬を歪めている。
小さな身長と、ツインテールのせいで幼く見えるが、サークル内ではダントツで最年長だ。

「江蓮ちゃんもバレンタインのお買い物?」

双葉に甘ったるい声で言われ、江蓮はさらに真っ赤になった。

「わっ、わわっ!私はおとっ弟にあげようと!!」

どもりながらも言い訳をする。

「弟にだし、適当でいいよな!うん!!よし!これにしよう!ははは!!」

パニックになりながら、適当なチョコを手にとってしまった。
ふと、見た双葉の籠には固形のチョコレートとベーキングパウダー、バターが入っていた。

「双葉は手作り?」

「!!」

ボンと音を立てて双葉が赤面する。

「なななな!!何を言うんですか江蓮ちゃん!!私の本命わ江蓮ちゃんですよ!」

「え?私にくれんの?手作り?」

「手作りなんてそんな!」

パニック状態の双葉が首をガンガン振る。
目を回しながら笑っている様子は明らかに可笑しい。

「でも、固形チョコ」

「こ、これはかじるんです!あはは~また明日ぁ」

双葉はよろよろと笑いながらレジに向かった。

「あ、私も買うよ」

ひとりでレジに並ぶ勇気のない江蓮は双葉に便乗しようと後を追った。


家に着いた江蓮は自分が買ったチョコを見て唖然とした。
「ラブ」と書いたハート形のチョコ。
見るからに安物。

確かに双葉の出現により選べなかったが…さすがにこれは

「ダサ」

 


【13日 みるく】

「お嬢様!お願いですのでお止め下さい!」

「んもーっ離してよ、フレイ!」

バレンタイン前日。
渚みるく家のキッチンは軽い騒動が
起きていた。
金色のふわふわの髪を束ねエプロン姿のみるくの隣で、執事であるフレイがそわそわとしている。

「どうぞ包丁を置いて、シェフにすべてお任せ下さい」

「チョコレート刻むくらい、私にも出来るよぉ。みる、家庭科で包丁くらい持たされてるもん」

「ではせめて刻むだけに…揚げるのは危険です」

「フレイうるさいぃ。自分で作らないと意味がないのぉ」

珍しくぷりぷりと頬を膨らましながら、みるくがフレイを睨む。
ゆったりした喋り方とは裏腹に、みるくは慣れた手つきで作業を進めていく。
初めてうるさいと言われたフレイはショックを隠しきれず、遠巻きにみるくを眺めた。

「フレイにもあげるから、いい子にしててねぇ」

【13日 若葉】

森咲若葉はキッチンでうなだれる姉を見つけた。

(双葉…毎年こう…)

若葉の姉である双葉は、自分の事…とかく恋愛が絡むと突然ネガティブが全開になる。
テーブルに突っ伏し、ボソボソ独り言を言っている。
こうなっている双葉には、近付かない方がいい。

(…明日だもんなぁ…)

ちらとキッチンを見る。
今日は使えそうにない。

(私も陣先輩に用意したいのに…)

ふぅ、と息をつく。

 

【13日 双葉】

森咲双葉は悩んでいた。


会いに行くか行かないか。
作るか作らないか。
渡すか渡さないか。
告白するかしないか。

悩んだ挙げ句、電話をかける。
何度かコールした後、みるくが電話に出た。

「みる?」

「ふぅちゃん、こんばんはぁ」

品のある笑い方に癒される。

「あ、あのさ!みる!どうしたらいい?」

「あげたらいいと思うよぉ?」

主語も述語もない質問にみるくが正当な回答をする。
このタイミングで双葉に言われればバレンタインの話だろうと、サークルメンバーなら理解出来る。

「で、でも会う約束とかしてないし…気持ち悪いって思われたら私は泣く!」

「思わないよぉ?それに約束しなくても、明日のサークルで会えるから、いつもと変わらないよぉ?」

さらなる“主語なし”にも対応。
さすがである。

「て…手作りは本気っぽくて引く?」

「私も今年は手作りだよぉ」

「そっか…じゃ…じゃあ大丈夫かな?」

「大丈夫」

「ありがと!」

みるくに励まされ、ようやく双葉は作業を開始した。

 


【14日 朝】

バレンタインデー当日。
まさかの雪。

それも昨晩から降り続けてる影響で、かなり積もってしまっている。

「ホワイトバレンタイン…」

いつもより早く学校についたみるくは花が咲いたように笑う。

「いい事ありますようにぃ」

チョコレートにチュッとキスをすると、甘い香りがみるくの鼻をくすぐった。
部室でヒーターをつけて待っていると、10分もせずに部室の扉が開いた。

「さっむ!」

「おはよぅ、陣くん」

陣を見たみるくは自然と笑顔になった。

「ごめんね、朝早くに呼び出しちゃって」

すまなそうに微笑みながら、みるくは陣にチョコレートを差し出した。

「陣くん、モテそうだから…一番にあげたくて」

「こっこれは!!?」

ピンクのハートのラッピング袋に包まれた、チョコレートドーナツにはアラザンや粉砂糖が可愛く飾られている。
恥ずかしそうに頬を染めて、みるくが微笑む。

「大好きな陣くんに、みるからバレンタインチョコレートだよぉ」

「ありがとう…」

(うわぁぁぁ!!みるく!!!)

あまりの感動に陣は真っ赤になりながら、俯いた。
抱きしめたい衝動を必死に耐える。
義理でも、学園のお姫様からチョコを貰えた事は素晴らしすぎると、陣は同じサークルである事に感謝した。

 

【昼休憩】

雪は止んだとは言え、外は寒い。
屋上に呼び出された陣は白い息を吐きながら空を見上げた。

まだ白い雲で覆われている。

これはまだ降りそうだな。

携帯を取り出し、江蓮からのメールを見直す。

みるくに引き続き、部員からの呼び出し。

それも人気のない雪の屋上。

積もっている雪を足でよける。

「…」

思わず手で雪をすくい丸める。
これに耳をつければ雪兎なのだが、あいにく屋上には木の葉はない。

残念。

冷たくなった手を息を吹きかけ温めていると、小さな笑い声が聞こえた。

「なに子供っぽい事してんの?」

「江蓮…」

「オラッ」

「うおっ!?」

突然、小さな箱を投げつけられ、何とかキャッチする陣。

「江蓮これ」

「バレンタインチョコレート」

江蓮は真っ赤になりながら怒った顔で視線を反らした。
見るとチョコレートには“ラブ”と書いてある。

「かっ勘違いするなよ!それ、ラブってなってるだけだから!!」

「お、おう…」

真っ赤な江蓮につられて、陣まで赤くなる。

「お、お返しとかいらないから!ほら、騒がれたら嫌だし!」

「……確かにな」

陣は箱からチョコレートを取り出すと、ハートを真っ二つに割った。

「!!?」

江蓮は驚いた顔をして、悲しそうに俯いた。
(…せっかくハートだったのに)

泣きそうになっていると、江蓮の視界にチョコレートが差し出された。

「え?いらないの?」

「お返し」

「お返し…?」

「騒がれそうだからな、お前の人気だと…俺の気持ちだから、ちゃんと食えよ?」

江蓮はこくこくと夢中で頷くと、ハートの片割れをたいらげた。
             

【部活後】

いつも通りにサークルが終わると、双葉は用事があると走って部室を出て行ってしまった。

いつもウダウダしているのに珍しい。
自分も帰ろうと荷物をまとめていると、机にコトンと茶色い紙袋が置かれた。

「お?」

「バレンタイン…チョコ…先輩に、あげる」

少し潤んだ目で若葉に見つめられ、陣は紙袋を開いた。
中には、トリュフが入ったピンク色の袋が入っている。

「わ、たしも…先輩の事、好き、だから」

「おう、サンキュー」

陣は若葉の頭をくしゃくしゃと撫でる。
若葉は眉間に皺をよせ、少し迷惑そうだ。

「…痛い」

「おお!ごめん!」

若葉から手を離すと、若葉は珍しくふわりと笑った。

「先輩、そのままで、いてね」

「?」

「ずっと…みんなで、いたいから」

「おう?」

良く分からないまま了承すると、若葉は楽しそうにコロコロと笑った。

「ホントは作りたかったんだけど…双葉がキッチン占領してて……あ、先輩…ひとつ、お願い…あるの」

若葉は遠慮がちに陣を見上げた。

 

【その後】

(なんでこうなんだろ、私って)

雪道をふらふらと歩きながら、双葉は渡し損ねたチョコレートの袋をくるくると回した。

自己嫌悪だ。

(…もとはと言えば、じんじんがあんな事言うから…)

『じんじん、モテなそうだから私がチョコレートあげようかー?余りものだけどー』

『…ほーう?仕方ないですね、そんなに渡したいなら貰ってあげてもいいですよ?』

『は!?自意識過剰なんじゃないの、じんじんのチョコなんてないし!』


部活中に、売り言葉に買い言葉でケンカになってしまった。

あんな会話の後に渡せるはずがない。

「あー…もう…バカ」

双葉は大きく溜め息をつくと、チョコレートを雪の中に投げた。

「私のバカ…せっかくのバレンタインなのに…バカバカ」

泣きそうな顔で双葉は雪の上に寝転がった。
夜空が視界に広がる。
月がきれいだ。

(…綺麗…わー…)

月に届きたくて伸ばした手を握られ、双葉は飛び起きた。

「じ、んじん!?」

「アホなんですか、双葉さん…雪に寝るなんて…手ぇ、冷た」

「あ…」

「これ、俺にですよね?」

陣の手にはさっき捨てたはずのチョコレートの袋。

「あ…」

双葉の顔が歪む。
泣きそうに真っ赤だ。

「あ…ごめんなさい」

「はいはい」

陣は泣き出してしまった双葉の頭を撫でると、手を引っ張って雪から起ち上がらせた。

「家まで送ります」

「ありがとう…」

「手ぇ、冷たいので握っててあげますよ」

「……」

月に照らされた白銀の道に、ふたつの足跡が刻まれる。

陣はホワイトデーに誰に何を返そうか考えながら、幸せな気持ちに浸った。

 

ハッピーバレンタイン☆

SS

郷土学サークル一限め 節分

2014/02/03 20:53

 

鬼は外 福は内

パラッパラッパラッパラッ
豆の音
鬼はこっそり逃げていく

 


三石陣は郷土学サークルの部室の前で唖然とした。

(これは…さすがにやりすぎでは…)

茫然自失で見つめる先にはイワシの頭があった。
当然のように柊の葉が刺さっている。
(生臭い…)

節分で厄払いで飾られるのは知っているが、こんな生臭いものが教室の扉に括り付けてあると、さすがに何とも言えない気持ちになる。

「……」

陣は難しい顔をして、黒く艶やかな前髪を触ると諦めて溜め息をついた。
いつもの扉を開ければ、今日は非日常が待っているに違いないのだ。

…そう。
無数の豆が自分をめがけて飛んでくる日だ…。

(…仕方ない人だな、ホント)

こういうイベントをうちの部長が楽しまないはずがない。
それが日本文化や風習であれば尚更だ。

「ちぃーす…」

ようやく決心し、扉を開ける。
…もちろん、豆に備えて俯きがちに。

「ジンジン!覚悟ぉぉ!!!」

机の影から切り込み隊長の双葉が飛び出す。
茶色のツインテールが揺れる。
大きな緑色の瞳を楽しそうに歪めながら、右手にひっつかんだ豆を力一杯投げつけてきた。

「あっぶな!」

陣はカバンで頭を守り、双葉の撒いた豆は呆気なくカバンにガードされ床に落ちた。

「ななっ!!こしゃくなぁー!!」

「ふっ!双葉さんが考えそうな事は分かってるんです!第一、なんで俺が鬼役なんですか!!」

声高らかに言い放てば、背後に人の気配。
同時にポヨンと背中に柔らかな感触。
江蓮だ。

「三石に似合うからだよ!」

「うげ!江蓮このやろ!!」

江蓮は背後から鬼の面を被せられ、怒鳴る陣。
陣の攻撃を華麗に避ける江蓮の胸とポニーテールが揺れる。

「双葉ばっかり見てるからこうなんだよ!」

勝ち気に涼しい顔で笑う江蓮は、身軽に女性ファンも男性ファンも多い。
女子だけのファンクラブも存在するらしいから驚きだ。
確かに立ち振る舞いもスマートでスポーツも楽器もそつなくこなす姿は、男の陣から見ても格好いい。

「そうだよぉ。鬼さんの敵はふぅちゃんだけじゃないんだからぁ」

ローテンポの喋りで気配もなく背後に立つみるくは、袋に入った大量の豆を陣の制服の背中に流し込んだ。

「ぬわあああ!!!」

「はい、鬼は外ぉ」

悪意なく品良く笑うみるくは学園のお姫様だ。
白い柔らかそうな肌に、ふわふわの金髪が良く似合っている。

「なんでお前らは背後に回るんだぁ!!?」

赤鬼の面を付けたまま、豆まみれで地団駄を踏むと、「じゃあ正面から…」と無表情で若葉が近付いてきた。
…手ぶらで豆を持っていない。
ゆっくり陣の顔を見つめながら寄られ、謎の緊張が走る。
不意に若葉が目の前で止まった。

「福は…内…」

ぼそりと呟き、隠し持っていた一粒の豆を、陣の右目に押し付けた。

「ぎゃああああ!!!?」

目に豆を食らった陣が、床に転がる。

「よっしゃ!若葉よくやった!」

「鬼退治!」

「やったねぇ!」

口々に歓声が上がり、若葉は無言と無表情でガッツポーズを決めた。

「な、なんで目を狙ったんだ若葉!?」

「…お面に穴…開いてた、から」

「ドSか!?」

 


鬼退治が終われば、みんなで机を囲んで豆をつつく。

「…鳩になった気分」

食べるの大好き江蓮が不満を口にする。
恐らく彼女が好むには色々と足りないのだらう。
そんな江蓮に双葉はデレデレだ。

「鳩になった江蓮ちゃん…飼いたい」
「ふうちゃん…涎出てるよぉ?」

気持ち悪い双葉の言動にすっかり慣れている江蓮は双葉をスルーし、つまらなそうに豆を摘んで見た。

「なんで炒り豆ばっかなのかね」

確かに。
節分にゆで豆や煮豆はない。
それがあれば、まだ江蓮も満足だろうが…。
若葉が江蓮の疑問に首を傾げた。

「撒かなきゃ…だから?」

「若葉、半分正解!」

疑問に回答。
そして答え合わせ。
このセットがサークルで決まった流れだ。
サークル部長の双葉が、指先で炒り豆を転がしながら話す。

「撒いた豆をそのまま食べるから、地方によっては落花生を使う場所もあるんだ。ちなみ炒り豆じゃなきゃいけない理由はもうひとつある!」

転がしてた豆を口に放り投げ、双葉が指を立てる。

「炒り豆は芽が出ないから」

「芽?」

若葉と江蓮が頭にハテナを浮かべる。

「元々、豆撒きは“魔”を“滅する”で魔滅。つまり豆なの。これから芽が出たら“魔”から“芽”ですごく縁起が悪い」

「へぇぇ」

みるくが感心したように頷く。

「ちなみに節分は“季節”を“分ける”って意味だから、本来は春夏秋冬の4回あるの。で、いつの頃からか、春が一年の最初で最も大切だからって事で2月3日だけになったの」

「ふぅちゃん、おばあちゃんみたい!!」

「…双葉ばぁ」

「コノヤロ」

みるくと若葉がくすくす笑う。
実際、双葉の年齢は妹である若葉しか知らない。
相当の年上らしいが、ここを潜在するのはタブーとなっている。
双葉は年齢不詳の丸顔でギッとふたりを睨むと、話題を戻した。

「だから節分の翌日は?」

「あ!立春!!」

「江蓮ちゃん、正解」

節分は一年の無病息災を祈って、歳の数食べると言えば、双葉の豆の数に全員が注目した事は言うまでもない。

これにて
郷土学サークル一限め終了

バレンタイン

2014/02/14 21:20

甘さたっぷりのホワイトチョコ
ちょっぴり苦いビターチョコ
甘酸っぱいイチゴチョコ
大人の香りウィスキーボンボン

どんなチョコがお好み?

2月14日
それは誰もがときめく魔法の日。

女の子が大好きな人にチョコレートをあげる日。

 

【13日 江蓮】

スーパーへ夕飯の材料を買いに行くと、宇佐森商店街はいつもと違う賑わいを見せていた。

可愛いラッピングが施されたチョコレートが立ち並ぶ小さな露店に、頬を染めた女の子が群がっている。

(あぁ、バレンタインデーか)

まるで人事のように遠巻きに眺める。
毎年、大量にチョコレートをファンの女の子達から貰う真城江蓮にとって、バレンタインはあげる日ではないのだ。
ましてや告白だなんて考えた事がない。

それに告白する気があるなら、こんなギリギリに用意しなきゃいいのに。

それが江蓮の考えだ。

(告白ねぇ…)

集団告白なんて趣味が悪いと思いつつも、そんな風に便乗しなければ告白出来そうにない性格の人間もいる事は理解している。

告白を意識すると、江蓮の脳裏に三石陣が浮かんだ。

同じサークルの仲間である。

(いや…いやいや、三石はないわぁ)

真っ赤な顔で首を振りながら、江蓮は露店へぎこちなく近寄った。

(ぎ…義理チョコくらいあげるべきかな?一応、礼儀として)

胸をときめかせる女の子達に並んでチョコを眺める。
興味ないふりをしてもドキドキしてしまうのは、隣にいる知らない女の子達のドキドキが感染したのかも知れない。
まるで恋をしているような心地よさに江蓮は思わず瞳を細めた。

「あれ?江蓮ちゃん?」

「!!!!!?」

突然、知っている声に名前を呼ばれ、江蓮は慌てて持っていたチョコを投げた。
宙を舞い、再び群集に戻る江蓮のチョコ。
江蓮は耳まで染めて、ギギギギギと機械音がしそうな程ぎこちなく振り向いた。

「ふ、双葉…」

後にいたのは、サークル部長の双葉だ。
双葉は江蓮に会えたのが嬉しいのか、にやにやと頬を歪めている。
小さな身長と、ツインテールのせいで幼く見えるが、サークル内ではダントツで最年長だ。

「江蓮ちゃんもバレンタインのお買い物?」

双葉に甘ったるい声で言われ、江蓮はさらに真っ赤になった。

「わっ、わわっ!私はおとっ弟にあげようと!!」

どもりながらも言い訳をする。

「弟にだし、適当でいいよな!うん!!よし!これにしよう!ははは!!」

パニックになりながら、適当なチョコを手にとってしまった。
ふと、見た双葉の籠には固形のチョコレートとベーキングパウダー、バターが入っていた。

「双葉は手作り?」

「!!」

ボンと音を立てて双葉が赤面する。

「なななな!!何を言うんですか江蓮ちゃん!!私の本命わ江蓮ちゃんですよ!」

「え?私にくれんの?手作り?」

「手作りなんてそんな!」

パニック状態の双葉が首をガンガン振る。
目を回しながら笑っている様子は明らかに可笑しい。

「でも、固形チョコ」

「こ、これはかじるんです!あはは~また明日ぁ」

双葉はよろよろと笑いながらレジに向かった。

「あ、私も買うよ」

ひとりでレジに並ぶ勇気のない江蓮は双葉に便乗しようと後を追った。


家に着いた江蓮は自分が買ったチョコを見て唖然とした。
「ラブ」と書いたハート形のチョコ。
見るからに安物。

確かに双葉の出現により選べなかったが…さすがにこれは

「ダサ」

 


【13日 みるく】

「お嬢様!お願いですのでお止め下さい!」

「んもーっ離してよ、フレイ!」

バレンタイン前日。
渚みるく家のキッチンは軽い騒動が
起きていた。
金色のふわふわの髪を束ねエプロン姿のみるくの隣で、執事であるフレイがそわそわとしている。

「どうぞ包丁を置いて、シェフにすべてお任せ下さい」

「チョコレート刻むくらい、私にも出来るよぉ。みる、家庭科で包丁くらい持たされてるもん」

「ではせめて刻むだけに…揚げるのは危険です」

「フレイうるさいぃ。自分で作らないと意味がないのぉ」

珍しくぷりぷりと頬を膨らましながら、みるくがフレイを睨む。
ゆったりした喋り方とは裏腹に、みるくは慣れた手つきで作業を進めていく。
初めてうるさいと言われたフレイはショックを隠しきれず、遠巻きにみるくを眺めた。

「フレイにもあげるから、いい子にしててねぇ」

【13日 若葉】

森咲若葉はキッチンでうなだれる姉を見つけた。

(双葉…毎年こう…)

若葉の姉である双葉は、自分の事…とかく恋愛が絡むと突然ネガティブが全開になる。
テーブルに突っ伏し、ボソボソ独り言を言っている。
こうなっている双葉には、近付かない方がいい。

(…明日だもんなぁ…)

ちらとキッチンを見る。
今日は使えそうにない。

(私も陣先輩に用意したいのに…)

ふぅ、と息をつく。

 

【13日 双葉】

森咲双葉は悩んでいた。


会いに行くか行かないか。
作るか作らないか。
渡すか渡さないか。
告白するかしないか。

悩んだ挙げ句、電話をかける。
何度かコールした後、みるくが電話に出た。

「みる?」

「ふぅちゃん、こんばんはぁ」

品のある笑い方に癒される。

「あ、あのさ!みる!どうしたらいい?」

「あげたらいいと思うよぉ?」

主語も述語もない質問にみるくが正当な回答をする。
このタイミングで双葉に言われればバレンタインの話だろうと、サークルメンバーなら理解出来る。

「で、でも会う約束とかしてないし…気持ち悪いって思われたら私は泣く!」

「思わないよぉ?それに約束しなくても、明日のサークルで会えるから、いつもと変わらないよぉ?」

さらなる“主語なし”にも対応。
さすがである。

「て…手作りは本気っぽくて引く?」

「私も今年は手作りだよぉ」

「そっか…じゃ…じゃあ大丈夫かな?」

「大丈夫」

「ありがと!」

みるくに励まされ、ようやく双葉は作業を開始した。

 


【14日 朝】

バレンタインデー当日。
まさかの雪。

それも昨晩から降り続けてる影響で、かなり積もってしまっている。

「ホワイトバレンタイン…」

いつもより早く学校についたみるくは花が咲いたように笑う。

「いい事ありますようにぃ」

チョコレートにチュッとキスをすると、甘い香りがみるくの鼻をくすぐった。
部室でヒーターをつけて待っていると、10分もせずに部室の扉が開いた。

「さっむ!」

「おはよぅ、陣くん」

陣を見たみるくは自然と笑顔になった。

「ごめんね、朝早くに呼び出しちゃって」

すまなそうに微笑みながら、みるくは陣にチョコレートを差し出した。

「陣くん、モテそうだから…一番にあげたくて」

「こっこれは!!?」

ピンクのハートのラッピング袋に包まれた、チョコレートドーナツにはアラザンや粉砂糖が可愛く飾られている。
恥ずかしそうに頬を染めて、みるくが微笑む。

「大好きな陣くんに、みるからバレンタインチョコレートだよぉ」

「ありがとう…」

(うわぁぁぁ!!みるく!!!)

あまりの感動に陣は真っ赤になりながら、俯いた。
抱きしめたい衝動を必死に耐える。
義理でも、学園のお姫様からチョコを貰えた事は素晴らしすぎると、陣は同じサークルである事に感謝した。

 

【昼休憩】

雪は止んだとは言え、外は寒い。
屋上に呼び出された陣は白い息を吐きながら空を見上げた。

まだ白い雲で覆われている。

これはまだ降りそうだな。

携帯を取り出し、江蓮からのメールを見直す。

みるくに引き続き、部員からの呼び出し。

それも人気のない雪の屋上。

積もっている雪を足でよける。

「…」

思わず手で雪をすくい丸める。
これに耳をつければ雪兎なのだが、あいにく屋上には木の葉はない。

残念。

冷たくなった手を息を吹きかけ温めていると、小さな笑い声が聞こえた。

「なに子供っぽい事してんの?」

「江蓮…」

「オラッ」

「うおっ!?」

突然、小さな箱を投げつけられ、何とかキャッチする陣。

「江蓮これ」

「バレンタインチョコレート」

江蓮は真っ赤になりながら怒った顔で視線を反らした。
見るとチョコレートには“ラブ”と書いてある。

「かっ勘違いするなよ!それ、ラブってなってるだけだから!!」

「お、おう…」

真っ赤な江蓮につられて、陣まで赤くなる。

「お、お返しとかいらないから!ほら、騒がれたら嫌だし!」

「……確かにな」

陣は箱からチョコレートを取り出すと、ハートを真っ二つに割った。

「!!?」

江蓮は驚いた顔をして、悲しそうに俯いた。
(…せっかくハートだったのに)

泣きそうになっていると、江蓮の視界にチョコレートが差し出された。

「え?いらないの?」

「お返し」

「お返し…?」

「騒がれそうだからな、お前の人気だと…俺の気持ちだから、ちゃんと食えよ?」

江蓮はこくこくと夢中で頷くと、ハートの片割れをたいらげた。
             

【部活後】

いつも通りにサークルが終わると、双葉は用事があると走って部室を出て行ってしまった。

いつもウダウダしているのに珍しい。
自分も帰ろうと荷物をまとめていると、机にコトンと茶色い紙袋が置かれた。

「お?」

「バレンタイン…チョコ…先輩に、あげる」

少し潤んだ目で若葉に見つめられ、陣は紙袋を開いた。
中には、トリュフが入ったピンク色の袋が入っている。

「わ、たしも…先輩の事、好き、だから」

「おう、サンキュー」

陣は若葉の頭をくしゃくしゃと撫でる。
若葉は眉間に皺をよせ、少し迷惑そうだ。

「…痛い」

「おお!ごめん!」

若葉から手を離すと、若葉は珍しくふわりと笑った。

「先輩、そのままで、いてね」

「?」

「ずっと…みんなで、いたいから」

「おう?」

良く分からないまま了承すると、若葉は楽しそうにコロコロと笑った。

「ホントは作りたかったんだけど…双葉がキッチン占領してて……あ、先輩…ひとつ、お願い…あるの」

若葉は遠慮がちに陣を見上げた。

 

【その後】

(なんでこうなんだろ、私って)

雪道をふらふらと歩きながら、双葉は渡し損ねたチョコレートの袋をくるくると回した。

自己嫌悪だ。

(…もとはと言えば、じんじんがあんな事言うから…)

『じんじん、モテなそうだから私がチョコレートあげようかー?余りものだけどー』

『…ほーう?仕方ないですね、そんなに渡したいなら貰ってあげてもいいですよ?』

『は!?自意識過剰なんじゃないの、じんじんのチョコなんてないし!』


部活中に、売り言葉に買い言葉でケンカになってしまった。

あんな会話の後に渡せるはずがない。

「あー…もう…バカ」

双葉は大きく溜め息をつくと、チョコレートを雪の中に投げた。

「私のバカ…せっかくのバレンタインなのに…バカバカ」

泣きそうな顔で双葉は雪の上に寝転がった。
夜空が視界に広がる。
月がきれいだ。

(…綺麗…わー…)

月に届きたくて伸ばした手を握られ、双葉は飛び起きた。

「じ、んじん!?」

「アホなんですか、双葉さん…雪に寝るなんて…手ぇ、冷た」

「あ…」

「これ、俺にですよね?」

陣の手にはさっき捨てたはずのチョコレートの袋。

「あ…」

双葉の顔が歪む。
泣きそうに真っ赤だ。

「あ…ごめんなさい」

「はいはい」

陣は泣き出してしまった双葉の頭を撫でると、手を引っ張って雪から起ち上がらせた。

「家まで送ります」

「ありがとう…」

「手ぇ、冷たいので握っててあげますよ」

「……」

月に照らされた白銀の道に、ふたつの足跡が刻まれる。

陣はホワイトデーに誰に何を返そうか考えながら、幸せな気持ちに浸った。

 

ハッピーバレンタイン☆